前回と違って今回は言葉が長い。私は大体短い台詞の方が好きなんですけどね、これは特別。あんまり好きじゃなかった作品だけど、本当に心に残った台詞でして…。この作品はイチロさんがトップになってから２公演目で、ロココ様式華やかなりころのフランスを舞台に、ルイ１４世にまつわる伝説を描いた藤本ひとみ氏の小説を舞台化したもの。原作はとてもおもしろい小説で、先日退団された岸香織さんが、当時の「聞いて頂戴こんな話」のなかで「寝る間も忘れて読んだ」みたいなことを書かれていたのを覚えているが…いざ舞台に乗ってみると、どこをどうすればこうなってしまうのかと思うくらいに「おもしろくない」作品だった。理由はいろいろと考えられるけど、「雪組の事情に合わせて改変を加えた」部分が「大はずれ」に終わったのが、そもそもの原因かな。ま、過ぎたことを今更言っても仕方がないけど。このときのたあたんの役はフィリップ。イギリス貴族のボンボンで、実は実在の人物なのだそうだ。イチロさん扮するジェームズの友人、と言えば聞こえは良いが、実際は常に横にくっついているだけ。明るくて陽気で世話焼きだが、話に直接関わるわけでも何でもない。フランス宮廷人チーム（って言ってもいいかな）に比べると、活躍の舞台自体がほとんどない。居酒屋風の宿屋で歌い踊るって見せ場があっただけ。言うなれば「金魚のフン」みたいなものだった。ま、当時の彼女の学年とポジションを今思えば、そんなに悪いって訳ではなかったのだけれど（少なくとも、公園のバイオリニストよりはマシな役だったかも）、見ていて「なーんかこれって、イヤな感じ」と思ったものだ。また彼女が、コスプレが似合うタイプとはあまり言えないので余計かな。ただ、この作品でひとつ好きだったことがある。紫ともちゃんとの絡みが多かったことだ。ことに最終盤、たあたんのフィリップは、殆どともちゃん扮するマノンの「付き添い」みたいな感じだった。マノンはジェームズを育てた乳母の娘で、気性の激しい女。彼を血のつながらない妹のマリエールに渡したくない一心で追ってきた。で、フィリップと３人の珍？道中になり、彼らは旅芸人のモリエール一座に匿われてパリに向かう。実はルイ１４世の双子の兄だったジェームズは、宰相マザラン死後の宮廷の権力争いに巻き込まれ、否応なく表舞台に引きずり出されて行く。そこには、実はかつての宮廷の権力者の令嬢だったマリエールもいた。そんな彼を複雑な思いで見つめるマノン、そしてフィリップ。思い詰めたマノンは、妹に彼を渡すくらいなら、と、マリエールを騙してジェームズに毒を飲ませる。だが、その毒を飲んだのはルイだった。国王に毒を飲ませた、として捕らえられたマノンも、同じ毒を飲んでいた。ジェームズの腕の中で息絶えるマノン。絶叫するジェームズの背後から、フィリップがさりげなく言うのがこの「自分で作った毒薬を…」。一連のやりとりを聞いていて、私は「フィリップはマノンを好きだったのかな」と思っていた。とにかく、彼女を見つめる目つきが優しいのだ。ジェームズがルイの替え玉になって仮面舞踏会に現れる場面があるのだが、ここでもフィリップはマノンと一緒に現れる。そして、彼女に椅子に座りなさい、と勧めるのだが、台詞は聞こえなくても、表情とか仕種があまりにも優しいので、そこの場面になるとセンターを見ずに上手の端（それも、殆ど袖近く）ばかりを見ていた(^^;)。そういう人は私だけではなかったと見えて（？）、大劇場では上手の袖から出てきてコソコソ芝居していたこの２人、東京公演では何と上手の花道から出てきた！…うれしかったなあ。そして、ともちゃんとたあたんのさりげない芝居も、一層奥が深くなっていた。先にマノンが出てきて、舞台中央で踊るジェームズとマリエールを見つめる。続いて、フィリップ。最初はニコニコ笑っていた彼は、マノンの思い詰めたような姿を見てふっと顔を曇らせる。それから、彼女を優しくエスコートして、椅子に座らせる。顔面蒼白のマノン。不安そうなフィリップ。或いは彼はそのとき、彼女の決心に気付いていたのかも知れない。だから、マノンがジェームズに抱かれて息絶えたとき、自分は「何もかも知っていた」という口調で、淡々と「初めから死ぬつもりで来ていたんだ」と語る、そんな気がする。彼はジェームズを責めたりしない。どうしてマノンの気持ちをわかってやってくれなかった、なんて言わない。でも、感情を抑えて淡々と言われる方が、胸に「グサッ」と来るときだってある。そういう点では、このときのたあたんの台詞回しはとっても「胸に来る」感じだった。だけど、ファン以外はあんまり聞いてなかっただろうなあ…(T_T)衛兵たちに運ばれるマノンの亡骸と共に、フィリップも去っていく。彼はジェームズがルイの身代わりとして国王になったあと、どうしたのだろう。私は「きっと、マノンの遺体を故郷の島へ持ち帰って、海の見える場所にでも葬ってやったのだろう」とか勝手に思っている。