歌を科学する７

昨年１２月２９日、この日は星組公演『花の業平』の通し舞台稽古だった。この日から正月休みだった私は「（新東宝こけら落としのために）明日は東京だから、きっと早く終わるはずだ」とタカをくくった…わけでは決してなかったけど、２０世紀最後のお稽古待ちに、いそいそと、掃除もしないで(^^;;;;;)出かけた。

私は小太りだけど、性格がどーもせっかちなので、チンタラと歩くのは大嫌い。だもんで、１人で歩くときはセカセカとなってしまう上に、あんまりエスカレーターは使わない。阪急宝塚駅でも、人といっしょのときはともかく、１人だとホームからソリオの下まで、可能な限り階段を突進するタイプである。だからこの日も、いつものように改札口を出て、ソリオの１階に降りる階段（池田銀行とさくら銀行の間の階段）に出てきた。そしてそこで「本物の夢には終わりがない」の看板を、いつものように見上げてみ…たつもりが、看板はなくなっていた。そしてそのかわりに、どこかで見たような絵柄の「TAKARAZUKA　REVUE」と書かれた看板に代わっていたのだが―ご丁寧に顔も含めて全面ぼかしフィルターかけてはあるものの、一目見てそれとわかるその絵柄こそ「アムール、それは」を歌うたあたんと、大階段上で彼女の周囲を取り囲む娘役さんたちだったのである。私は「な、何じゃこれは」としばし絶句し、急いでるってことも忘れて見入ってしまった。

それから１ヶ月ばかりの間に、阪急の主要駅にぞくぞく登場したこの「アムール看板」。梅田の阪急百貨店の前には２枚、京都線の終点河原町駅には３枚もある。広告媒体としてはいかにも宝塚っぽくて色目が美しいというのが使われた理由なのかも知れないが、時をほぼ同じくしてトップ昇格が決まったので「それも理由のひとつかも」なーんて思ったりする。

やたらと宝塚らしい雰囲気のするこの曲、原題は「Amour Je Te Dois」といい、タイトルからするとどうやらフランスの曲らしい。『華麗なる千拍子』の作者である高木史朗先生が日本語の訳詞をつけられ、初演ではテーリーこと明石照子さんが歌われたのだそうな。我が家には寿美花代さん歌うところの「幸福を売る人」の入ったＣＤ（もちろんシングルではありません）ならあるのだが、残念ながらそこには収録されていない。私は聞いたことがないのだが、この明石照子さんの歌い方は…なんつうのか、メチャメチャくさい(^^;)そうで、サラッと歌い上げるたあたんとは対照的だったとか。

イマドキ珍しい８分の６拍子である。って、楽譜見たことないくせに断定してもいいのかな？と思うけど多分そうだと思う。１拍に３つの音がタタタとくるのがこのリズムの特徴で、ちょっと聞いただけだと３拍子と判別がつきにくい。そういえば、次の公演で歌うはずの「白ばらの人」も同じ拍子だ。ちなみに最近の曲で３拍子というと「雨の凱旋門」「シャレード」などなど。お時間のある方、聞き比べてみるとその違いがわかりますゾ。

曲の形式は学校で習った「三部形式」って感じで、あんまり覚えてないけどＡ―Ａ’―Ｂ― Ａ’ときて最後に終結部がある、のではなかったっけ？やはり昔の曲、そのあたりは基本的なセオリー通りのつくりなのである。途中で５度上に移調するとなると、音楽の教科書に載ってそうな雰囲気で、科学するために久々にパソコンでガンガン鳴らしてると「あ、ここで繰り返し記号がついてそうだな」とか想像ができてしまう。つまり、わかりやすい。

やさしく穏やかな曲調はたあたんにピッタリで、場面的には衣装の取り合わせにやや問題ありだったが（さて、どの部分でしょう？）、それを除けばこれぞレビューの醍醐味、って感じが楽しめた…とはいうものの、そこに至るまでには自分の中では紆余曲折があったりしたものである。

初めてこの曲を聴いたのは『華麗なる千拍子'99』前夜祭のとき。たあたんにとってはおよそ３ヶ月ぶりの舞台だった。もともとちょっと「緊張しい」の彼女、おまけにビッグネームが歌ったかなり有名な曲。司会者との会話からしてもう「ガチガチ」(^^;)で、このときは銀橋を通りながらハンドマイクで歌ったのだが、声は不十分だし、歌詞はわからないし、何がなにやらって有様だった。いわゆる名曲だと聞いていた私としたら「ホンマかいな」って感じ。どうにも消化不良で、そのあとで歌った「幸福を売る人」がすんばらしかっただけに「稽古不足なのかなあ」などとマジに心配したものである。だから、その次に聞いたのは初日だったのだが、花輪を踏みそうになってハラハラしたものの、ちょっとこなれてきたかな、って感じに聞こえてホッとした覚えがある。とっかかりが出来ればあとは深まっていくのみ、そこからは地方公演の終盤まで、歌い方に関して心配したことは殆どない。

ただ、やはり古い曲なだけに伴奏が時代がかっていて、何というのか大仰だった。言葉で表現するなら「ジャンジャカジャンジャンジャンジャンジャアーーーーン」と書けばおわかりいただけるだろうか（口にするのはとっても恥ずかしい…^^;;;）。それをまた、オケが全力？で演奏する上に、美声かつ大声の女役さんのコーラスが被ってくる。おまけに、たあたんの歌い方は日に日に柔らかさを増していく。結果的に―たあたんの美声が聞き取りにくいという、何でこうなるのん？的な展開に陥ってしまった。

大劇場はまだよかったけど、伴奏がテープの東京公演は「もう少し音量調節してくれよ！」だったし、残響ガンガンの地方公演となると、もう殆ど「どないしてくれんねん」という感じ。このころはたあたんの体型がかなりスリムになっていたせいもあって、いつだったかＮ嬢と電車の中で「声量落ちたのかなあ」とか、真剣に話しながら帰った覚えがある。

なまじこの場面が宝塚的なるが故に、こういうちょっとけったいなな現象になってしまったのだとは思うけど、折角の良い場面なんだからもう少し細心の注意が欲しかったな、なーんて、殆ど音響さんのせいにしていた私、なのであった。たあたんの歌い方にもう少し「大仰さ」があればそうでもなかったのかも知れない。でも、朗々と歌い上げるばかりがいいってわけではない。たあたんが「天には星、地には花、人に愛」と歌うとき、歌詞の世界がそこに広がるような、そんな気がしたものだ。これこそ、ただ声を張り上げてるだけの歌手には絶対にできない芸当である。そういう生徒の特性、ってのをもう少し生かして…文句ばっかり書いてるな(^^;;)。

でも、たあたんの歌にどこか迷いというか、もひとつはっきりしない物がなかったか、というと、それはそれであったかもな、と思う。歌の名手、といううたい文句は常につきまとっているから、何を歌わせても「上手ねー」と言われるものの、それ以上の評価や感想にはなりにくい、このころの彼女の舞台で一番もどかしかったのはそこだった。実際、いろんな「話題性」の陰に埋もれて、舞台上における存在感もどこかやや希薄に見えるところがあるように思うことがよくあった。周囲の彼女のファンではない観客が「あ、そう言えばこの人もいたんだ」という風にしか受け止めていないような―伴奏の大音響にかき消されたたあたんの声はそういう風潮を象徴しているように思えて、何とはなしに不安を感じさせたのも事実である。

地方では大階段がなく、あの紗幕が上がったときの「おおーっ」ってどよめきがなかったのと、前の場面とのつながりの悪さがあって、「もう少し何とかならんのか」と思わないではなかった。だけど、やさしい笑顔で歌うたあたんを見ていると、やっぱり幸せな気分になっちゃうのだから、私もファンばかって奴なんだろうな、なーんて思う(^^;;;;;;)。隣でグスグス泣いてた、とある「おばはん」がやかましかったものの（彼女は『ベルばら』前夜祭の「今宵一夜」見ても泣けた!?という、恐るべき感動しいなのだ…^^;）、私も「ああ、この曲聞くのもこれが最後か」と思うと何だかしんみりしてしまった。

あとから思えば、たあたんが「雪組の香寿たつき」として舞台に立っている姿を見たのは、実はその日が最後になった。わずか１ヶ月後におこる異変も、その先の変遷も、そのときは予想すらしていなかった。今から思うと、たった１年前のことにもかかわらず、何だか隔世の感がある。この曲は或いは、どこかもどかしかった２番手時代後半の象徴、なのかも知れない。毎朝駅で「アムール看板」見るたびに、もう戻れないそのもどかしかった頃への郷愁を感じてしまう―こういうのってひょっとしなくても、すごーく贅沢な気持ちなのかも知れないけれど。

パソコンで音楽を聴くとき、どうしていますか。私の場合は本体にオーディオコードを突っ込んで、テープやMDから直接録音しています。CD-Rに落とすことがあるのでファイルは殆どWAV形式です。だもんでHDに入れると容量を食う食う(^^;)。「アムール、それは」の場合、２分１２秒ほどで22MBにもなります。MP3にするという方法もあるそうですが、そういうソフトがないもんで、今のところはしていません。仕方がないので、HDに落とさずにMOに保存して、それを「Real　Jukebox」などで再生しています。