台詞を科学する７

　ただいま上演中のこの作品。科学するにはちょっと早すぎる？と思われるだろうな。本来なら何ヶ月、あるいは何年か経ってからやるべきかも知れない。だけど、軽くてなーんにも考えなくてもいいはずのこの作品、この間のいろんな動向を反映してか、見るたびにいろんなことを考えてしまうのである。初日には思いもしなかった、このショー見て涙が止まらないなんて(^^;)…ってな訳で、今の思いも綴りながら取り上げるにはちょうどいいかな、とか思って取り組んでみました。千秋楽まであとちょうど３週間足らず。

たあたん扮するリッチーはスターボーンデパートの２代目社長。「歌劇」７月号での正塚先生の弁によれば「裕福な家庭で幸福に育ったお坊ちゃま」だそうな。たあたん曰く「３０歳から３５歳くらい」だそうだが、とてもそうは見えない。あんまり固めてない髪型に、私がいつも「タータンチェックの出来損ない」と呼んでいる、ピンクにクリーム色のラインの入った制服着た姿は、どう見ても２０代後半がいいところ、かな。今は亡き父親が作り上げた会社を受け継ぎ、好景気の時代を乗り切ってきた。時はまさにバブルの絶頂期、彼のような「お坊ちゃま」でも難なくやっていけたころ。「目指せ売り上げ倍々々増！」などと叫ぶ姿からは父親なり周囲なりに教えられた通りに経営してきたんだろうと思わせる単純さが伺える。典型的な２代目って感じである。

だが彼は、ただの「お坊ちゃま」ではない。好景気に沸くデパートが寝静まった夜、店内をうろつきながら何とはなしに不安を抱えて胸の内を訴える。「どんどん売り上げ伸びるけど、何かが違う気がして、どうしても胸騒ぎが消えない…」。自分は父親ほどのやり手ではないってわかってるんだろうな、彼は。で思わず、狂乱のごとき騒ぎをひとり危険視している掃除のおばさんに気づき、相談してみようと近づいていく。実は彼女ティディーは、リッチーの亡父の愛人であった。おばさんは「不景気が突然きたら、どうするの!?」と彼に言い放つ。天上からは、デパートと息子の行く末が心配で、いまだに成仏しきれずにいる父親が「どうするの!?」…。

やがてバブルははじけ、デパートは急速に低迷する。暇をもてあまし、わずかな客につきまとう店員たちはさながらゾンビみたい。悪い噂をばらまく産業テロリストに狙われ、女子店員からは「困った、お客がこない、ヒマで足も頭もボー、社長はベイビー、肝心カナメの給料安い、休暇もショボい」とぼやかれる始末。街は不況で活気を失い失業者たちがタムロしている。そんな中をリッチーはフラフラとさまよい歩き、見るからに金持ちそうな格好していたばっかりに失業者たちにたかられて散々な目に遭わされる。服や帽子をヨレヨレにされ、ついには地面に突っ伏してオンオン泣き出してしまうリッチー…。初めて味わう挫折に途方に暮れているところに、何とも陽気なカップル、フリーターのフレックスと、リッチーにとっては部下でもあるエレベーターガールのジャネットが現れる。「何なんだろう、君たち楽しそう、どうして？僕にその訳を教えてよ」（ここ、歌詞をそのまま書いてます^^;;;）と近寄るリッチーに、フレックスは「デパートへ行こうよ、とても好きなんだよ」と言う。それに対して、顔を曇らせたリッチーがオズオズと言うのがこの「僕もさ、けど…」。

最初に社長の役だと聞いたのは、札幌ＤＳのちょっと前に行われた制作発表のあとだった。咄嗟に頭に浮かんだのが『ハウ・トゥー・サクシード』のビグリー社長。どうせあんな感じの「おじさん」が、若者に会社を建て直してもらうって話なのだろうと思ったのである。札幌ＤＳの打ち上げのときのたあたんの発言からして「これはアカンかな」という感じだった。ひょっとして「ブラットさん、再び」か？…ところが「ＧＲＡＰＨ」７月号の公演案内を読むと「ありゃ、これって社長が主役みたいやん」。だから、予備知識は全然持ってなかったくせに話の内容としてはよくわかっているつもりだった『凱旋門』よりも、ひょっとして期待できるかも知れないなあとか思いつつ初日を迎えた。で、大劇場でスチール写真見て、びっくり！実際に見たら、初日報告にも書いたけど、本当に「ブラットさんと源ちゃんを足して２で割ったような」人物だったのである。このところのたあたんの役の傾向からするとこの設定はかなり予想外だったので、びっくりしてしまった。

この作品、ショーとしてみたら結構「くっだらない」。場面的にお寒い部分がいくつかあるし（さて、どこのことでしょう？）、タカラヅカに夢と現実離れした世界を求めてやってくる人なら「不況」だの「倒産」だのって、今の世相をそのままに言ってほしくはないだろう。大体、主人公なるフリーターの存在がよくわからないままに進行し、幕が下りてから「結局、彼は何者なんだ？」と思ってしまうのである。にもかかわらず、何となく心の中に残るのは、その「やりきれない現実からの逃避」になりきらない部分に、どこか共感できるから、なのかも知れない。

リッチーはとっても健気な青年だと思う。私は彼を見てると、今もって忘れがたい『エリザベート』のルドルフを思い出してしまう。特にこの台詞を聞いたときに、瞬間的に「あ、似てる」と思った。これを言うと大抵の人に「何!?」と驚かれる。あるとき友人に「リッチーとルドルフって、似てない？」というと、呆れたように「どこが!?」と言われてしまった(^^;)。冗談半分で「顔が似てるやん」というと「同じ人がやってるんやから！」…そう言われると境遇的には「裕福に育ったお坊ちゃま」で、「偉大な親父を持ち、継ぐべき家業（オーストリアの皇帝も家業って言ってもいいんだろうか^^;;;）がある」、性格的には「素直で健気だが、大人になりきれてるとは言えない」のは共通してると思うけど、リッチーはルドルフみたいに「イッチャッてない」し、あんまり繊細だとは思えない。それと、裕福な家庭に育ったのは共通してるけど、リッチーは厳しくも優しい両親に育まれて、幸せに生きてきたってのがよくわかるし、この点ではルドルフは両親の愛に恵まれず、家庭的な愛に飢えた人だったから、全然似てない。

でも似てると思ったのはどうしてかというと、彼らの置かれた立場が不思議と似通っているから、かな。リッチーの父親スタボーンは、ティディーの歌でも言われているように切れ者で、デパートを１代で作り上げた人物だし、フランツ・ヨーゼフも、今更言うまでもない偉大なる皇帝であった。そういう親父の息子だから、彼らの非力さというか頼りなさがより浮き彫りになってしまうのはちょっとかわいそうかも知れない。そういう状況に置かれて「頼りなーい」と言われつつも、自分は自分なりに必死にやっている。そこのところはこの両者、どちらも驚くほど健気な生き様だな、と思う。

不安は適中しデパートは苦境に陥った。どうしたらいいのかわからず頭を抱えてしまうリッチー。その姿はいつ逃げ出してもいいくらい頼りない。斜めに被ったソフト帽は、まるで幼稚園児のような滑稽ささえ漂わせる。でも彼は逃げない。偉大な父に比べて自分の非力さをよくわかっていながら、それでもなお自分はデパートが大好きなんだと言える、そのリッチーの健気さが、国の未来を憂うあまりに父に背こうとした、ルドルフの必死さを思い出させたのである。

この間、いろんなことがあって「いつ何時、辞めるって言い出しやしないか」というのが、私にとっても周囲にとっても一番の不安だった。他の人が楽々歩くのと同じ道なのに、どうして彼女にはこんなに試練ばかりが転がっているのだろうか、と思っていた。

遅筆で有名な正塚先生はこの作品の稽古中、４番教室で生徒たちとずっといっしょにいて作品を書いていったのだという。今回の稽古の間には、いろんな出来事があった。私たちに衝撃を与えた「新しい制度の導入」もそのひとつだった。いろんな生徒の苦悩を、先生はすべて見てきたはずである。もちろん、たあたんの苦しみも。今回、いろんな歌詞や台詞の端々に「何気ないけど、心に残るな」ってのが多いのは、先生の彼女たちへの思い―裏にどんな苦しみや悲しみ・悩みがあろうとも、舞台の上ではそれを見せてはならない彼女たちに対する、せめてもの心遣いが込められているからではないか。

正塚さんがどんな気持ちで、リッチーを作り上げたのかはわからないけど、そういうことを考えてみると、彼は今のたあたんをオーバーラップさせる部分が余りにも多いキャラクターだな、と思えるのだ。リッチーが歌う「もう何もわからない、信じてたこの世界、何もかもが崩れ去る…」という悲しげなフレーズには、たあたん自身の心の叫びが透けて見えるような気がする。長い間苦しんできて、それでも報われないことへの。それと同様に「僕もさ、けど…」の「…」の部分には「確かに私は恵まれてはいない。それでも舞台が好き、宝塚が好き、男役が好きなんだ」という、そんな気持ちが込められているように感じてしまうのだ。だから余計にいろんなことを考えてしまうのかも知れない。

お茶会の翌日の１１時公演、いつもどおりに見ていたプロローグ、社長を中心に踊る店員さんたちを見ていて「あっ」と思った。同じブレザーを着ている男役の店員さん全員から、お花が来ていたのだ…そう気付いた途端、涙がボウ！とばかりに溢れ出た。にこやかに踊るたあたんの笑顔を正視できなかった。頼りなくても社員に愛されていたリッチー。「掃除のおばさんのうた」を銀橋で歌ったあと、店員たちに迎えられてうなずき返すのも（個人的にはこの場面、またまた話を蒸し返すけど「ウィーンのカフェ」みたいに見える）、何だか見ていてつらかった。「歌劇」７月号の座談会を読めば、この社長が周囲からどんなに可愛がられていたかがよくわかる。その役をしっかりもののたあたんが演じている。そのコントラスト？だけでも下級生たちにとっては楽しかっただろう。それなのにその社長は、公演半ばにして交代してしまう…。お茶会で、それまで淡々としていたのに、思いがけない数の下級生たちの訪れに堪えきれずに流したたあたんの涙を思うと、私は何ともやりきれない気分になってしまう。どうにもならないってことがわかるから、よけいにつらかったりする。だけど…そこで立ち止まって嘆いてばかりいる時間はない。

リッチーは自由人フレックスとのふれあいなどから、物質に恵まれることよりももっと大事なもの、人間の心やふれあいの大切さに気づき、デパートをリニューアルオープンさせることを決意する。それこそが偉大な父親の業績から一歩踏み出した、彼自身の理想による経営の第一歩であった。安心した親父は成仏し（ブランコには乗ってないのが不思議だ^^;）、インテリアも制服も一新された店内で、リッチーと店員たちは「多分この世界複雑すぎて、何もかもうまくいきはしないみたい　だからあのドアを出ていくまでは　さあ時間を忘れて…」と歌う。

ドアを開けて出ていったそのとき、未知なる世界はどういう形で私たちの目の前に広がっているのか、今はまったく想像もつかない。けれど、勇気を出して回転ドアの前に立ってみたら、今までとは違う何かが見えてくるような、そんな予感もしている。

ある友人が「リッチーって、後ろ姿がルドルフに似てるよね。特に銀橋を歩いてるとき」と言う。私は「ポケットに手を入れてる姿は、クライドみたいよ」と言い返す。たった４５分なのに、彼は私たちをとっても楽しませてくれた。まだ半分、とは言えとっても短いお付き合いだったけど、時々言われる「柄と不釣り合いな可愛らしさが出てしまう」のを逆手にとって、その可愛さで勝負してきた正塚先生には、ちょっと感謝している。何せもう可愛いたあたんは見られないと思っていたからなあ。

そして、いかにいろいろ考え込んでいたからとは言え、こんな短いショーのこんなどうってことない台詞でここまで科学できてしまうのだから、次は是非とも正塚先生のお芝居に巡り会って、また違う世界を見せてほしいものだとしみじみ思う今日このごろである。