歌を科学する１

　この曲は、今では「伝説」にありつつある正塚晴彦先生の大劇場デビュー作『テンダーグリーン』の中で、大浦みずきさんが歌われたもので、結構有名な歌なので耳にされたことがある方は多いと思う。私は「名前だけは知ってる」程度だった。初めて聞いたのは、９５年の２月に、今はなくなってしまった旧東京宝塚劇場で行われたＯＧによるチャリティー・コンサートで、なーちゃんが歌われた時だった。たまたまＴＶで見て「良い歌だなあ」と思ったのだが、半年後にたあたんの声でこの曲を聞くことになろうとは、そのときは想像だにしなかった。

　１９９５年は、私にとっては忘れることのできない年になった。「阪神・淡路大震災」に遭遇したのである。感じた揺れはわずか「震度５」でも、私の人生で未だかつてこれ以上の揺れはなかった。そして、もう２度とあってほしくない。

地震が起こったのが１月１７日だが、その４日後に私は日本青年館に出かける予定だった。ひとときの不安が収まり、親戚や知人の無事も確認できてみると、「宝塚はどうなった？」という不安が頭をよぎる。大劇場の横で列車が脱線している写真は、その不安をいっそう募らせた。毎朝、駅でスポーツ新聞を買う日々。翌々日くらいには新幹線は動くようになったものの、私の東京行きはとうとう幻に終わった。公演が中止になったのである。

なぜ、どうしてという思いが胸から離れず、悔しさのあまり布団の中で泣いた夜もあった（は、恥ずかしい…*^_^*）。たあたんのファンを長くやっていると、いろいろと「タイミングが悪いなあ」という出来事に遭遇しているが、このときの気持ちはそれから３年半、片時も私の中から消えなかった（しまいに単なる執念と化していたような気もする^^;）。

その年の秋に、たあたんにとっては初めてのディナーショーがあった。『ノーチェ・デ・アモール』とは「愛の夜」という意味だそうで、私も「ディナーショー初体験」。何を着ていったらいいのかもわからずに、行き当たりばったりで出かけて、緊張しながら食事をして、カンパリソーダをチビチビやりながら（酒飲みです^o^）、遙か後方のテーブルから双眼鏡片手にたあたんを見ていたという記憶がある。

タイトルから想像されるように、殆どはラテンの曲だったが、中に「マイ・ソング」というコーナーがあって、日本語のタイトルの歌が並んでいた。そのうちの１曲が「心の翼」だった。

「やはり今年一番グッと来た出来事は…阪神大震災です」。正直言って「出た！」と思った。どうあっても避けて通れない話題だった。たあたんも、その日来ていらしたお客さんの大半も、みんなあの地震を経験した。このときは地震から８ヶ月過ぎていて、周辺の生活はかなり元に戻ってはいたけど、国道の「通行禁止」はまだ続いていたし（１７６号線は復旧工事中だった）、西宮北口付近の無惨な空き地や、沿線のそこここに建てられた仮設住宅が、ここで何があったかをいやがおうにも思い出させる、そんな状態だった。もちろん、花のみちはすっかり変わってしまっていた。たあたんの生活も、いろいろと大変なこともあっただろう。現に「グラフ」だったかで「（札幌に帰って）友達と会ったり、家で何かしてても、“あっ、今頃は歌ってる時だな”とか“今日は２回公演だ”って舞台の事が浮かんできて、悔しかったですね」というのを読んでいたから、なおさら、だった。

だけど「その中で私は、人と人との心のふれあい、そして生命の大切さを、改めて実感させられたような気がしています」と、たあたんは淡々と語る。私は涙が出そうになった。

どちらかというと、舞台で男役として歌うという感じではなく、ごく自然に歌い上げる感じだった。男役の歌い方だと少々濃厚なたあたんだが、そうでないときは不思議と、伸びやかで透明感のある歌い方をする。この曲は彼女のその声と、高橋城先生の美しいメロディと正塚先生の素敵な歌詞がマッチして、何とも表現しようのない空間をその部屋の中に生み出した。まるでたあたんの歌声が光となって、聞いている私たちの心を照らすように。

「…澄んだはりのある声で歌われたとき、部屋の中に目に見えない明るい温かい空気が流れた。いろんな苦しみを越えた、生きていくことの強さのようなものが、その空気の中に存在する。それは多分、たあたん自身が招いたものなのだろう。その空気の明るく澄んだ光は、被災した人だけではなくあれ以来何らかの痛みを忘れることができないでいる者すべてを救ってくれるような気がした。涙ナシでは聞けないとか、感動して身震いしたとか、そんな単純なものではない。もっと大きな、生きていることの根本に関わる何かが、深い思いにつつまれた。地震そのものは生きている限り忘れ得ないことであったとしても、人間はそれを乗り越えていくしかない。そういう思いを、そこにいた人全員が感じたに違いない。拍手がひときわ大きかった」。

…今読むとこっぱずかしい言葉の羅列だ(*^_^*)。でも、４年前の正直な感想である。聞く側の心に共鳴する歌を歌える人なんだなと、認識を新たにさせてくれたという点でも、このとき聞けてよかったと思う。

ちなみに、後に知り合いになったファン仲間も、このディナーショーで印象に残った曲、というと「心の翼」をあげる人が多い。やはり誰しも、同じ思いに打たれて聞いていたのかもしれない。