歌を科学する５

以前知人に「『たあたんさいえんす』で一番苦労しているのってどれだと思う？」と尋ねると「衣装じゃない？」と言われたことがある。うーん、そう見えるのかなぁ…

実は一番苦労しているのは歌、です(^^;)。理由は案外単純で、彼女ほどの歌手ともなるとあまりにもジャンルが広すぎて？的が絞りきれないから。毎度毎度「今度は歌の番だけど、はて、何にしようか…」と考えあぐねてしまう。私自身はスローなバラード系が一番好きなのだけど、得てしてそういう曲に当たることは少なかったりする。今回も実は「あれにしようか、これにしようか」と思っていたのだけど、『華麗なる千拍子'99』で「幸福を売る人」そのもののようなたあたんを目にして「そうだ、この手があった！」と思いついた。

再演物が１年間延々と続いた今年、でも、昔歌われた曲を昔以上に歌っていた人は案外、というよりはやっぱり、少なかった。中には「舞台から引きずり下ろしてやりたい！」と思った人まであった（誰のことかは、ご想像にお任せします^^;）。そんな中で「うーん、やっぱり凄い歌手なんだ」という印象を強めたのが、たあたんの歌いっぷりだった。この人のうまさってのはわかっているつもりだけれど、特に「！」となるのが「昔の曲を歌っているとき」。自分の中にあるその曲の印象と比較して、絶対にひけをとらないどころか、その思い出の美化されているはずの記憶をも、楽々と越えてしまうのである。もちろんその裏には、彼女のたゆみなき努力があるのだけど。

たあたんが歌った名曲、というと、一番に脳裏に浮かぶのが、初めてのＤＳ『ノーチェ・デ・アモール』（１９９４年）で歌った「愛あればこそ」。この曲、宝塚ファンで知らない人はないだろうなってくらい有名な歌である。「新人公演時代の思い出の曲」ということだったが、そのうまさというか、甘さ・大きさにビックリしてしまった。彼女の初主役となったフェルゼンは絶賛されたというが、なるほどこれを芝居の中で歌われた日にゃ、周りはぶっ飛ぶわな、と妙に納得した覚えがある。以前科学した「心の翼」も『テンダー・グリーン』の主題歌だったけど、それも含め記録に残らなかったのが、ひたすら勿体なかった。

その次に印象深いのが『心中・恋の大和路』の「この世にただひとつ」。これは３年半ほど前で、しかもビデオが発売されているから、ご覧になった方も多いだろう。いずれは単独で科学する予定なのでクドクドとは書かないけれど、後にバウで再演されたときでも「やっぱり、あの時のたあたんのように歌える人はおらんなあ」と思ったくらい凄かった。上手さに役の精神が裏打ちされて、より大きな力を出せているように思えたものだ。

懐かしの名曲、というと忘れてはならないのが『風と共に去りぬ』。たあたんはスカーレット、アシュレを演じたので、「君はマグノリアの花のごとく」「故郷は緑なり」「明日になれば」という名曲の数々を堪能することが出来た。「マグノリア」は、初めて聞いたときの、劇場一杯に広がった甘い歌声が印象的。「明日になれば」も、初めての女役に加えて気持ちにビンビン響くド迫力で、たあたんで聞けてよかった！と思えた。

ちなみに私、『風共』の歌で一番好きなのは「愛のフェニックス」でして…いつかたあたんの声で聞けたらいいなあ、って願望も持っております(^^)。

古い曲、なら『ザッツ・レビュー』（１９９７年）の「花詩集」。これは初演が１９３３年だから、とてつもなく古い。原曲はメゾソプラノくらいにキーが高い（戦前は男役さんも娘役並みのキーで歌っていたそうな）ので、あんまり比較にはならないけど、たっぷりとした余裕のある歌いっぷりだった。ちなみに、組替えでたあたんが出演できなくなった東京公演も見たけれど、チャーリーのそれはたあたんのとは雲泥の差で、あまりのギャップに席からずり落ちそうになった覚えがある。

TCAスペシャルなどの催し物で歌った「ディガ・ディガ・ドゥ」や「すてきなあの娘」もかなり古い曲。しかも、結構何度も歌っているような気がする…うーん、このあたりはあんまり名曲って印象はないなぁ。

今年は前述の通り「再演だらけ」だったので、たあたんの歌も昔の曲が多かった。『ノバ・ボサ・ノバ』で一番印象的だったのは「ソル・エ・マル」。陽気でおおらかな歌い方で、聞いているだけでもワクワクするような雰囲気だった。ま、部分的にコブシが回りすぎているってところもあったけど(^^;)。「アマール・アマール」は、自分のエゴから愛を失った慟哭と、祭の後に残った穏やかな感情の歌い分けが素晴らしかった。「テ・キエロ・ディヒステ」「キエレメ・ムーチョ」も忘れがたい。

『華麗なる千拍子'99』も古い曲だらけ。ロンドンの場面のロックだけは新曲なのかどうかがわからないけど、主題歌の「幸福を売る人」、中詰めの「リオのリズム」、フィナーレの「アムール、それは」、よく聞けばどの曲も古いのなんのって。でもそれらを、全く古さを感じさせずに歌えるってのは凄いことだと思う。「幸福を売る人」聞いて「ああ、幸せだなぁ」って思える幸せ（^^）。前夜祭のとき「あまりに有名な曲過ぎて」ガチガチになって歌っていた「アムール、それは」が、日毎にたあたんのものになっていくのも、ファンとしてはとってもうれしい。昔の人とストレートに比較できるだけに、改めて彼女のとてつもない実力を痛感した、そんな公演になっている。

他にも思い出せば「あ、歌ってたな」って昔の曲がある。私は聞いたことがないけど、寺田先生の作品集に入っている「さくら権八」はなかなかいい、と聞いてるし、かつてバウで『小さな花がひらいた』が再演されたときにはたあたんも出演していたから「もう涙とはおさらばさ」も歌ったはずである。どんな感じだったのか、聞いてみたい気がする。宝塚の名曲、とは言い難いけれど、『WEST SIDE STORY』の「Maria」も素晴らしかった。「Maria」はイチロさんのディナークルーズで歌ったので、そのときまだ研６だったのだが、のちの再演のときと比較してもまったくひけをとらないどころか、たあたんのほうがより「トニーらしい」感じがしたものだ。

これからも宝塚の名曲がたあたんによって歌われる機会はあるだろうけど、自分なりにモノにして自信を付けてからでないと舞台に出られない彼女のことである、そういうときほど普段以上に努力して、きっとかつてのスターたちに勝るとも劣らないものにしてくるだろうな、と思う。

最後に、たあたんで聞いてみたい宝塚の名曲をいくつか。今年のTCAでとどさんも歌った「歌を翼に」。『ノバ』の「シナーマン」。『あかねさす紫の花』の「紫に匂う花」（役的にはちょっと違うけど…）。さっきも書いた「愛のフェニックス」。今回のショーでも歌われている「夜霧のモンマルトル」。忘れちゃいけない「愛と死の輪舞」（ぐふふ…）。