台詞を科学する５

梅雨でもないのにこんな壁紙、何だかギョッとされるかも知れない(^^;)。何でこれを選んだのかというと、『雪之丞変化』というと、一番に頭に浮かぶのがプロローグの「傘踊り」だから、である(^^;;)。あれは蛇の目傘だったからちょっと違うけど、色だって似ているような…気のせいかしらん(^^;;;)。

しばらく前、知人が「整理をしたいから」というので、かなり大量の写真を見せて貰ったことがあった。そのときにふと目に留まった１枚。それが「ウルトラマンの手ぬぐい巻いた新吉」だった。そのときに頭にパッと浮かんだのがこの台詞である。良い意味で印象深いのならいいんだけど、この台詞の場合はいささか苦い気分が先走る。

『雪之丞変化』は、８０周年の最後を飾る「話題作」であった。映画などで有名な原作を基に、尾上菊五郎丈を演出に迎え、屋台崩しまでやってのける舞台装置、光り物を使った豪華な衣装で、いつもよりも２０分長い大作になっていた。

たあたんが演じたのは左官職人見習いの新吉（愛称新ちゃん）。何と前髪の少年だった。年齢はおそらく１０代半ば、星奈優里ちゃん扮する姉のおみつ（愛称おみっちゃん^^）と２人きりで生きており、その境遇のせいか非行に走りがち。自分を助けてくれた義賊の闇太郎に憧れ、泥棒になりたがっており、闇太郎が紹介してくれた左官屋の仕事から逃げ回っている。この台詞はそんな新ちゃんが最初に登場する「大恩寺境内」でのひとこと。いつものように仕事場から逃げ出して、おみつに追いかけられた新ちゃん、闇太郎にばったり出くわしてしまう。慌てて逃げ出したが捕まり、彼に頬をバチン！としばかれる。折角紹介してやった仕事を何故嫌がるんだ、と咎める闇太郎に対して開き直って発するのがこの台詞で、正確には「朝から晩まで、泥をこねくり回して、ペタペタ　ペタペタ、性に合わねえのよ」。

実はこの作品、イチロさん時代の雪組では私にとって『ブルボンの封印』と並ぶ「２大愚作」である。話が下らなかったのはもちろんだけど、たあたんの役がお粗末で、見ていて腹立たしかったのだ。もともと登場人物の少ない原作なので、新ちゃんは柴田先生が作られたそうだが、下級生がまがりなりにも大人の役をもらっているというのに、何で作られた役が少年かなあ！と、公演が始まる前に「歌劇」なんかを読んで大いに憤慨していた。見たら見たで「何じゃい、この役は！」。主人公である雪之丞との絡みは一切ナシ。裏を返せば、重要な場面には出てこない。初日を見たあと激怒して、職場の先輩に「あんなん、もう見たくない！」と訴えた覚えがある。実際、初めて見たときに怒ってしまい「『サジタリウス』は好きだったけど『雪之丞』イヤさで、もう二度と見るもんかって思って、買ってた券を全部さばいたよ」って友人もいる。

幸か不幸か私の場合、その先輩に「違う面も見てあげなアカン」と諭され？その後も見続けたのであるが、ロンドン公演で「大人の男」を堂々と演じ、帰ってきてからは連続でバウ主演と、いい感じできていただけに、本公演に戻るとまたこれか、って失望感は拭えなかった。

それに新ちゃんてば、どう見ても闇太郎よりも２回りはでかかったのである(^^;)。こんな子役があってたまるか、って感じだった。もともと小柄な人が多い雪組の男役、彼女に子役をさせるとなるとバランスが大きく狂ってしまうのだ。確かにたあたんの可愛らしい部分はよく出ていたとは思う。おみっちゃんとの愛らしい姉弟ぶりは、とっても微笑ましかった。だからそんなに嫌いってわけではなかったけど（少なくとも最近の本公演での役よりは好きかな）、見ていて「もどかしい」と思ったのは否定できない。

このことではいろいろと思いもしたけど、それはまた来年にでも違う作品を科学するときにクドクド書くとして、この地震のおかげで公演中ないしは見るはずだった公演がすべてパーになってしまった私、それからずーっと宝塚とは無縁の生活が続いた。当時は一匹狼のファンで、チケットももっぱら自力確保だったので、何はさておき東京公演に行くべえと思い、１日中東宝テレザーブと格闘するも、結局電話がかからなかったって覚えがある。

とにかく「生きているたあたんを見たい」って、今思えば笑い話みたいだけど、当時は必死だったのだ。カード会社の貸切に当たり、１度は上京できることにはなったが、それが公演も終盤に入ってからだったので「長いなー」と、タメ息ものであった。

ところが世の中うまくできたもので、２月も終わりになって「３月に東京へ出張に行かないか」という話が舞い込んだ。しかもそれが初日の前日にあたっていたのだ。「行きます！」と２つ返事で飛びついた私、旅費を無駄遣いさせるようなものだという後ろめたさはあったののの、半ば仕事そっちのけのルンルン気分で？東京へ向かったのである。

このときの、何というのか「よくぞ生きていてくれた」って気持ち、文章にするとすっごく大袈裟だけど、安心して気が抜けたような感じは、今でも忘れない。あんなに嫌々見ていた『雪之丞変化』が、なんつうのか輝いて見えた。たあたんの笑顔も…生きてるって素晴らしいなあ、ってしみじみ思ったものだ。見ていてじわじわと涙が出た（青年館の『ボニクラ』ほどじゃなかったけど^^;）。見られたのが本当にうれしかった。

私の周囲で見ていた他のお客さんにとっては、きっといつもと変わらない初日だったと思う。でも私には、今まで見てきた公演の中でもとりわけ忘れがたい初日として印象に残っている。

その後の彼女の役に、あの無邪気さだけはもう見られなくなったなあ、とふっと淋しくなるときもある。それは、たあたんが男役として成熟したからかも知れないし、もしかしたら、ポジションが上がるに連れていろんな要因が複雑に変化しているからなのかも知れない。彼女を見ている私自身、あの頃と同じままではないのだから。