ダンスを科学する３

先日『螺旋のオルフェ』を見たとき、「膝で進むダンス」があった。振りが『凍てついた明日』第２幕第１場Ｂとそっくりで笑えたが、これは、同じ荻田先生の作品で、振付も同じ川崎悦子さんというせいだろう。この人は宝塚の振付をなさったのは『凍てついた明日』が初めてで、作中でも一際異彩を放ったダンスシーンだったが、「膝を使う」ダンスはそう頻繁にあるわけではない。結構貴重品なのである。それだけに、余計にそういう気がしたのだと思う。

膝を使ったダンス、で「あ、そうそう」と思うのが『ハウ・トゥー・サクシード』（９６年６月）のフィナーレ。当時の花組の主要な男役たちが黒の上下に色違いのシャツ、黒の帽子を被って踊ったのだが、振付が本体部分と同じウエイン・シレント氏で、とってもモダンな振りだった。たあたんが花組に替わって最初の公演だったせいもあり「うーん、雪組とは『振り』から違う」と思ったのだが、このダンスの中で「膝で回る」という振りがあった。

足の裏で回ることもおぼつかない（あたり前じゃあ！）素人の私には「何で膝であんな風に回れるのん!?」と、とーっても不思議だった。ちょうど学生時代に体育の授業で「お尻で縄跳びする」というのをやったときに、どうしても跳べなくて、難なく跳べる同級生を不思議な目で見てしまったときと同じような感覚を持ったものだ。

たあたんはもちろん、とっても軽やかに「クルッ」と回っていた。このダンス、膝だけではなく両足の指、特に親指にかなり負担がかかるように見えたので、骨折による休演から復帰してすぐの東京公演のときは「大丈夫かなあ」とハラハラもしたが、舞台の上では危なげなくやってしまうあたりが、さすが「ただ者ではない」。

次に「膝をつく」のが登場したのが『サザンクロス・レビュー』（９７年２月）の「ファヴェーラ」。『ノバ・ボサ・ノバ』がリオのカルナバルを題材にした作品なら、こちらはそのカルナバルに参加して帰ってきた若者たちが題材。ガールフレンドとの別れを惜しんで、彼らは街で踊る。振付は羽山紀代美さん。たあたんは紫のスパンの入ったベストに紫のシャツと黒エンビの上着、紫のパンツという出で立ちで、元気良くしなやかに踊っていた。膝を使う、のは、真ん中でタモさんが立って歌って、周囲の若者たちがかがみこむところ。沈み込んだ姿勢から膝をついたまま腰を上下に振り、腕を上に伸ばしていくのだが、リズミカルで柔らかい動きがきれいだった。この場面、当時の花組の主要な男役ダンサーが「食虫花」に出ていた人を除いてほぼ全員出演していたが、たあたんの背後で踊っていた若手たちの手の動きが、公演が進むに連れて、たあたんの手の動きと段々似てきたのを覚えている。優れた技というのは、黙って見せているだけでも立派なお手本になっていくものなのだな、と感心したものだ。

ダンス、というには語弊があるかも知れないけど、膝を使った、というと頭に浮かぶのが『ラヴィール』（９８年８月）のかの「ハウンド・ドッグ」。何と「膝でスライディング」する振りがあった。この間「衣装を科学する」でも取り上げた通り、かのオペラピンクの総スパンの衣装に真っ赤なサテンのシャツという、およそたあたんらしくない？風体だったところに、鶏冠（とさか）のようなピンク混じりの頭、おまけに「スライディング」である。まー、初めて見たときは「目がテン」になってしまった。この場面の振付は大谷盛雄さん。かの「ささみの手」「香寿さん、それは『オカスィ』」の名言をのたまった先生である。

総スパンの生地でスライディングすると、摩擦でやけどしてしまうこともあるらしい。たあたんも「ちょっと滑りすぎてやけどしちゃって、衣装も少し破れました」（by『ラヴィール』お茶会）ということがあったそうだ。大劇場の「ちょっとまだ、テンションが低めかな」と思ったときにそれだから、延々半年もつきあった中日劇場公演の終盤のスライディングは凄かった！床の塩梅がよくあっていたのかも知れないが「ズズズズーーーーー」という感じ。ご本人もこのときは、飛ぶは、客席に「墜ちていけー」とつぶやくは、で、見ていて「ああこの場面、やっと楽しくなったわー」と思えた（ここまで至るにゃ、長かった…）。

で、最初にも登場した『凍てついた明日』（９８年１０月）の「ギャング・ラヴァーズ／ラプソディ」。新しい先生の振付という新鮮さだけでなく、異彩を放っていたのは最初にも書いた通り。「膝で進む」にしても、さりげなく歩いてきて、いきなり膝で「いざる」ように進むものだから、初めてみたときは「おおーっ」となった。あれ、膝にサポーターでも当てていたのだろうか。

この場面、これ以外にも格好のいい振りが満載で、とっても楽しかった。例えば、クライドが差し出した足をギャングの１人が掴む、クライドが一蹴するとクルッと転がる、など。男役だけでなく娘役のダンスもちょっと珍しいハードさがあって、なかなか格好良かった。たあたんは「スターの小部屋」で「初めての先生（の振り）だと、なかなか特徴が掴めない（ので難しい）」から「鬼門になっている振りがある」ようなことを言っておられたが、見ている分には全然わからなかった。この先生のダンスはたあたんに合ってるなって気がしたので、またいつか見てみたいものだと思う。

最後に「膝をつくダンス」で、順番は前後するけど「あ、そういえば」というのをひとつ。『エリザベート』（９６年２月）の第２幕第１１場「鏡の間」で踊った「死のワルツ」の中に、実はちょっとだけ登場していた。『エリザベート』は、私には未だに「とんでもなく好きな作品」なのだけど、どういうわけか忘れていて、ちょっと他のことでビデオ見ていて「あ、膝ついてる…」と思い出したのだ。それも、黒天使に散々翻弄された末に、トートにすがりつくところだったものだから、なーんで忘れていたのか自分でも不思議だった(^^;;;;)。この場面に関しては、「踊ってる」っていう認識があんまりなかったのかも知れない。

母エリザベートに拒絶されたあげくに黒天使に翻弄され、すがりついた相手は「死」そのものだった。膝をついたまま背中を後ろに反らせるのは「操られている」ってことを現していたのだろうけど、こうなるとダンスも殆ど体操だね、とか思った覚えがある。ちなみに振付は尚すみれさん。うーん、いかにも彼女っぽい振りだ…。

実はこの３つ前の場面で、かの「闇が広がる」を歌ったときにも、膝をついた体勢でトートを見つめるところがある。そのときはトートはルドルフを優しく立たせてやっている。ここで「すがりついて突き放される」のは、最初の場面との対比になっているのかも知れない。改めて科学したいのであんまりしつこくは書かないけど、他にも「そうかな？」と思える振りがいくつかあるのだ。

こうやって振り返ってみると、改めて「膝って、大事だなあ」と思う。ここで挙げた場面は極端な例だが、やはりダンスには「膝がすっぽ抜けない」というのは重要な要素だろう。たあたんの場合、スライディングまでやっちまうくらいだし、見るからに「膝がしっかりしている」なあと思う。特に、膝から下が「すっぽ抜けた」感じで踊っている人をよく見かけるけど、彼女は絶対にそういうことがないもの。